大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

長崎地方裁判所 昭和38年(ワ)319号 判決

第三一九号事件原告(第四三六号事件被告) 林田ツル 外五名

第三一九号事件被告(第四三六号事件原告) 橋口教之助

主文

別紙目録〈省略〉記載の各不動産は第三一九号事件原告(第四三六号事件被告)林田ツル三分の一、その余の同事件原告等(第四三六号事件被告等)各一五分の二の持分による共有であることを確認する。

第三一九号事件被告(第四三六号事件原告は同事件原告等(第四三六号事件被告等)に対し、別紙目録記載の各不動産につき昭和三八年八月一九日長崎地方法務局受付第二二九六三号を以てした同月一七日付代物弁済による所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

第四三六号事件原告(第三一九号事件被告)の同事件被告等(第三一九号事件原告等)に対する請求を棄却する。訴訟費用は第三一九号事件については被告の、第四三六号事件については原告の負担とする。

事実

第三一九号事件原告等(第四三六号事件被告、以下単に原告等という。)訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、第三一九号事件の請求原因として、

「一、別紙目録記載の各不動産(以下本件各不動産という。)はもと亡林田茂雄の所有であつたところ、同人が昭和四〇年四月三日死亡し、原告等においてその所有権を相続により取得したので、茂雄の妻である原告林田ツル三分の一、茂雄の嫡出子であるその余の原告等一五分の二の各持分による共有となつた。

なお、別紙目録記載の二筆の土地は長崎県都市計画施行前の土地の表示であつて、実際は同施行後の仮換地である駅南地区八街廓八イ地積三九坪五六の土地となつており、別紙目録記載の建物も右換地上に建つているものである。

二、然るに第三一九号事件被告(第四三六号事件原告、以下単に被告という。)は本件各不動産につき、昭和三八年八月一九日長崎地方法務局受付第二二九六三号を以て同被告のため同月一七日付代物弁済による所有権移転登記を経由し、その所有権を有することを主張している。

よつて、原告等は被告に対し、本件各不動産が主文記載の持分の割合による原告等の共有であることの確認と本件各不動産につきなされた前記所有権移転登記の抹消登記手続を求めるため本訴に及んだ。」

と述べ、第四三六号事件の答弁として、

「原告ツルが被告より借りた金三五〇万円の内被告の妻名義の貸金五〇万円について、被告主張の停止条件付代物弁済契約があつたこと、茂雄が被告主張の日に死亡したこと及びその相続関係並びに原告植田を除くその余の原告等が茂雄死亡当時より引続き本件家屋を占有していることはいずれも認めるが、その余は争う。」

と述べ、第三一九号事件の抗弁に対する答弁として、

「原告ツルが谷に対する借入金債務の弁済等のため、昭和三七年一二月二六日弁済期を当初昭和三八年三月二〇日として被告から金三五〇万円(内金五〇万円についての貸主は被告の妻名義)を借受け、その際茂雄が被告との間において、被告の妻名義の右貨金五〇万円に関し、本件各不動産について被告主張の停止条件付代物弁済契約を結んだことはいずれも認めるが、その余は争う。」

と述べ、第三一九号事件の再抗弁第四三六号事件の抗弁として、

「一、右停止条件付代物弁済契約は被告において暴利を得るため、茂雄の無思慮、窮迫に乗じ、僅か金五〇万円の債務に代えてその一〇倍にも相当する価額の本件各不動産を取得しようとするものであるから、公序良俗に反する無効のものであり、従つてたとい原告ツルに被告主張のような不履行があつても、これによつて被告は本件各不動産の所有権を取得し得るものではない。

二、仮に、右停止条件付代物弁済契約が有効であるとしても、被告は原告ツルに対する貸金三五〇万円につき当初の弁済期を昭和三八年八月二五日まで猶予したので、同原告は同月一九日頃片岡砂吉を通じ被告に対し、本件各不動産を担保に長崎市農業協同組合から金五〇〇万円を借入れ、これを以て被告に対する債務を弁済したいが右組合のため本件各不動産に二番抵当権を設定するのに本件各不動産の権利証を返してくれるよう申入れたところ、被告はかような場合右権利証を同原告に使用せしむべき取引上の義務があるに拘らずこれを拒み、猶予期限の到来前である同月一九日本件各不動産の所有権を被告名義に移転してしまい、これにより同原告の債務の弁済は不可能となつたから、右猶予期限経過によつても同原告において債務の履行を遅滞したとすることはできない。」

と述べた。

被告訴訟代理人は、第三一九号事件につき「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、第四三六号事件につき「原告植田貞子を除くその余の原告等は被告に対し別紙目録記載の家屋(以下本件家屋という。)を明渡せ。原告ツルは金四〇万二、四四二円を、その余の原告等は各金一六万九七六円を、並びに原告植田を除くその余の原告等は連帯して昭和四〇年四月三日から本件家屋明渡済に至るまで一ケ月金六万四、一六六円の割合による金員をそれぞれ被告に対し支払え。訴訟費用は原告等の負坦とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、第三一九号事件の請求原因に対する答弁として、

「請求原因事実第一項中本件各不動産がもと原告等の被相続人亡林田茂雄の所有であつたこと及び同人が原告等主張の日に死亡したことは認めるが、本件各不動産が原告等の所有であることは争う。同第二項の事実はすべて認める。」

と述べ第三一九号事件の抗弁第四三六号事件の請求原因として、

「一、原告ツルは昭和三七年七月二五日谷和夫から金三〇〇万円を借受けたが、同年一二月二六日、谷に対する右債務の弁済等に充てるため、被告より弁済期を昭和三八年三月二〇日として金三五〇万円(内金五〇万円についての貸主は被告の妻光子名義)を借受け、その際被告は先に茂雄が谷に対し本件各不動産に設定した金三〇〇万円を限度とする根抵当権を谷より譲受けると共に、金五〇万円に関し、茂雄から、本件各不動産につき新たに抵当権の設定を受けた外、更に、同人との間で同原告が右金三五〇万円の債務を弁済期に弁済しないときは弁済に代えて直ちに本件各不動産の所有権を被告に移転するとの停止条件付代物弁済契約を結んだ。

尤も右停止条件付代物弁済契約は登記面上は金三五〇万円全額ではなく、被告の妻を貸主名義とする金五〇万円についてなされているだけであるが、単に登記手続の便宣上そうしたまでのことで、右債権全額について停止条件付代物弁済契約があつたことは、被告が原告ツルに対し一括して金三五〇万円を貸与したことからも明らかである。

二、その後被告は当初の弁済期を昭和三八年八月一六日迄猶予したが、原告ツルは右猶予期限迄に債務を弁済しなかつたので、原告は同月一七日約旨に従い右債務の弁済に代えて本件各不動産の所分権を取得したものである。

三、然るに、茂雄はそれ以後も何等の権原なく本件家屋を占有し、被告に対し昭和三八年一二月末日まで一ケ月金五万九、六六九円、翌三九年一月一日から同年一二月末日まで一ケ月金六万一、九一七円、翌四〇年一月一日以降一ケ月金六万四、一六六円の賃料相当額の損害を与えていたところ、茂雄は昭和四〇年四月三日原告主張のように死亡し、昭和三八年八月一七日から茂雄死亡の前日である昭和四〇年四月二日までの本件家屋の賃料相当額は計金一二〇万七、三二七円になるから右賃料相当額の損害賠償債務につき、茂雄の妻である原告ツルがその三分の一の金四〇万二、四四二円(円未満切捨)を、茂雄の嫡出子であるその余の各原告等がその一五分の二の金一六万九七六円(円未満切捨)を相続によつて承継したものである。

四、原告植田を除くその余の原告等は茂雄の死亡日である昭和四〇年四月三日以降共同して本件家屋を占有し、これにより被告に対し一ケ月当り金六万四、一六六円の賃料相当の損害を与えている。

よつて原告等の第三一九号事件における請求は失当であり、第四三六号事件につき被告は原告等に対し、請求の趣旨記載の判決を求めるため本訴に及んだ。」

と述べ、原告等の第三一九号事件における再抗弁、第四三六号事件における抗弁事実を否認した。

立証〈省略〉

理由

本件各不動産がもと亡林田茂雄の所有であつたこと、被告が本件各不動産につき、昭和三八年八月一九日長崎地方法務局受付第二二九六三号を以て同被告のため同月一七日付代物弁済による所有権移転登記を経由したこと、原告植田貞子を除くその余の原告等が茂雄死亡当時より引続き本件家屋を占有していること、原告林田ツルが、谷和夫に対する借入金債務の弁済等のため、昭和三七年一二月二六日弁済期を昭和三八年三月二〇日と定めて被告から金三五〇万円(内金五〇万円の貸主は被告の妻光子名義)を借受け、その際茂雄が被告との間で、光子名義の貸金五〇万円に関し、期日にこれを弁済しないときは本件各不動産の所有権を弁済に代え被告に移転するとの停止条件付代物弁済契約を結んだことはいずれも当事者間に争いがない。

被告は原告ツルに対する貸金三五〇万円全額について右停止条件付代物弁済契約を締結した旨主張し、成立につき争いがない甲第一、二号証、同第五号証、乙第二、三号証、同第六号証、証人谷和夫、出口幸衛(いずれも後記信用しない部分を除く。)、林田竹司の各証言を綜合すると、被告は原告ツルに対し金三五〇万円を貸すに当り、これが担保のため、先に茂雄が谷に対し本件各不動産に設定してあつた金三〇〇万円を限度とする根抵当権を、谷より譲り受けると共に、妻光子名義の貸金五〇万円については同女名義を以て新たに茂雄から本件各不動産に抵当権の設定を受け、それぞれその旨の登記を経由した上、更に金三五〇万円全額につき停止条件付代物弁済契約を締結した事実を認めることができる。証人谷和夫、出口幸衛の各証言並びに原告ツル本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は信用せず、他に右認定を動かすに足りる的確な証拠はない。尤も甲第一、二号証、第五号証によると、本件各不動産につき停止条件付代物弁済契約を登記原因とする所有権移転仮登記は金三五〇万円については存在せず金五〇万円についてのみなされているにすぎないので、一見この事実は、停止条件付代物弁済契約が金五〇万円についてしか存在しないとの原告等の主張を裏づけるかの如くである。然し原被告間に金三五〇万円の貨借が成立したことの争いのない本件において、内金五〇万円についてのみ右契約を結ぶが如きは経験則上いかにも不合理の感を免れず、また被告が右契約に当り、茂雄、原告ツル等の窮迫に乗じた形跡が何等認められない以上、原告等の主張によつても五〇万円の一〇倍もある本件不動産全部につき、茂雄が敢て停止条件付代物弁済契約による所有権移転の仮登記に応じたことの合理的理由は到底見出し難い。若し右契約が金五〇万円についてのみ存するにすぎないならば本件各不動産のいずれか一つについてのみ右仮登記を経由することで足りた筈であるから、茂雄が本件不動産全部につき右仮登記に応じたことは即ち金三五〇万円全額につき停止条件付代物弁済の合意が存したことを物語るものである。とするならば登記簿上は金五〇万円についてのみ所有権移転の仮登記が経由されているにすぎないとはいえ、この事実は何等右合意の存在を否定し得るものではないというべきである。

原告はまた、右の条件付代物弁済契約を以て公序良俗に反する無効のものと主張するが、本件各不動産を原告のいうように金五〇万円の代物弁済に供したのであれば別として、本件においては金三五〇万円の弁済に代えて取得する契約であつたと認むべきこと前叙のとおりである以上、鑑定の結果に徴するも、これを以て暴利を貪るというには程遠いものというべく、従つて原告の右主張は採用の限りでない。

進んで原告ツルに履行遅滞なしとの主張につき考察するに、証人出口幸衛、田辺高繁、木村俊次郎、片岡砂吉の各証言によると次の事実が認められる。即ち被告は本件貸金の弁済期を昭和三八年八月二五日まで猶予したが茂雄並びに原告ツルは猶予期限までに債務を弁済しないと当初の代物弁済契約により本件各不動産の所有権を失うことを恐れ、同年八月初め頃知合の不動産取引業者田辺高繁に金策の方法を相談した。同人はそこで知人の片岡砂吉を通じて長崎市農業協同組合に交渉の結果、同月一八日同組合は本件各不動産を担保に金五〇〇万円の融資をなすことを承諾し、先ず右組合において本件各不動産につき次順位の抵当権の設定を受けた上金五〇〇万円を以て原告ツルの債務を弁済させ、然る後に被告の抵当権の抹消登記手続をなす手筈が整つたが、右組合の抵当権設定に必要な本件各不動産の所謂権利証(登記義務者の権利に関する登記済証)が被告の手中にあつたところから、同月一九日、田辺高繁、片岡砂吉等が原告ツルに代り被告に対し、原告側においては右のように債務弁済の手段を講じたこと、これを実現するには茂雄の権利証を必要とする故、これを所定の場所へ持参されたい旨を伝えた。ところがその数日前原告側から被告に到達した書状の文面が些か被告に刺戟的なものを含んでいたため、同人は権利証の交付を肯んせず、却つて同月一九日付を以て本件各不動産につき冒頭認定のような移転登記を経由するに至つたものである。

証人林田竹司の証言中右認定に牴触する部分は信用せず、他に右認定を妨げる証拠はない。ところで弁済の提供は債務の本旨に従つて現実になすことを要するのは民法第四九三条に明記するとおりであるから本来ならば債務者たる原告ツルにおいて現金又はこれと同視することを得べきものを債権者たる被告に提供しない限り、遅滞の責を免れることは出来ないのが原則であるが、債務の履行につき債権者の行為を要するときは弁済の準備をなしたことを通知してその受領を催告すれば足りることもまた同条但書に規定するところである。

そして本件のように債務者の弁済すべき金額が三五〇万円という相当高額なものであり、債権者の担保に供されている不動産以外には見るべき資産もないとき、債務者としても第三者からの金融をまつ以外に債務弁済の方途がないのが通常であり、第三者が金融するとなれば担保設定を要求し、ために既に債権者の担保に供してある不動産に次順位の担保を設定するほかないことは自然の数であり、担保設定には当然右不動産に関する権利証を必要とする以上、偶々該権利証が債権者の手中に存すれば、これが返還を受けない限り債務者としても従前の債務弁済のための金融を第三者から受けることは出来ない訳であるから、この場合第三者に対する担保設定の手続がすむまで一時右権利証を債務者に返還すべき義務を債権者に認め、この意味において債務の履行につき債権者の行為を要するときに当ると解することは信義則の見地から当然肯定さるべきであろう。蓋しかような場合においてもなお且つ現実の提供を要求することは債務者に不能を強いるに近く、些か実情にそぐわない嫌いがあるからである。そして同条但書に所謂弁済の準備をなすとは必ずしも現実に資金を調達しこれを保有することを要するものではなく、たとい第三者との資金借受の約束が存するにすぎない場合であつても、その借受の実現性が確実なものであるときはこれを以て弁済の準備ありとみるに何等の妨げないというべきであるから、債務者が債権者より担保不動産に関する権利証の交付を受けるにおいては直ちに第三者から所要の融資を受けた上、これを従前の債務の弁済にあてるべく第三者との間に借替の手筈を整え、この旨債権者に通知すれば、これを以て弁済の準備をなしたことを通知したものと解するのが相当である。

以上の見地に立つて本件を見るに、原告ツルが被告に対する債務弁済のため長崎市農業協同組合から本件各不動産を担保に金五〇〇万円の融資をなす旨の確約を得、猶予期限の至らない昭和三八年八月一九日、田辺、片岡等を通じて被告に対し、右組合からの融資金により債務の弁済をなす旨を伝えた上、右融資の前提である、組合に対する担保設定の必要上、本件各不動産に関する被告保管の権利証を所定の場所まで持参されたいと申し出たにも拘らず被告がこれを拒否して代物弁済による登記を了したことは前記認定のとおりであるから、原告ツルは民法第四九三条但書に規定された提供の義務を尽したものというべきである。

従つて同原告はこれによつて遅滞の責を免れ、本件停止条件付代物弁済契約は未だその条件が成就していないことになるから、被告は本件各不動産の所有権を取得するに至らず、故に同人は昭和三八年八月一九日本件各不動産につきした代物弁済による所有権移転登記の抹消登記手続をすべき義務がある。

(尤も履行の提供は遅滞の発生を妨げるに止まり、債務者が債務額を供託しない限り債務は存在するから、原告ツルは猶予期限である同年八月二五日の経過と共に遅滞に陥つたものであり、被告のした代物弁済による所有権移転登記は結局正当に帰するのではないかとも考えられる。

然し停止条件付代物弁済契約を締結した債権者が条件未成就のうちに所有権移転登記を経由すれば債務者が右不動産を担保に第三者から金融を受ける途は鎖されてしまうから、右の見解をとると本件のような事案につき、債務者は現実の提供をしない限り遅滞を免れる途はないことになり、結局口頭の提供を否定するに等しいから、右見解の採用すべからざる所以は明らかであろう。)とすれば本件各不動産は依然茂雄の所有に属していたものであり、同人が昭和四〇年四月三日死亡し、原告ツルが茂雄の妻、その余の原告等が茂雄の嫡出子であることは当事者間に争いがないから、本件各不動産は相続によつて原告ツル三分の一、その余の原告等各一五分の二の各持分による共有に帰したことが明らかである。

よつて、被告が本件各不動産に所有権取得登記を経由し、その所有権を主張する以上、本件各不動産に所有権取得登記を経由し、その所有権を主張する以上、本件各不動産が原告等の前記各持分の割合による共有であることの確認と、被告がなした右所有権取得登記の抹消登記手続を求める原告等の第三一九号事件の請求は正当として認容すべきであるが、停止条件付代物弁済契約にもとづき本件各不動産の所有権を取得したことを前提とする被告の第四三六号事件の請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないから、失当としてこれを棄却すべく、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 福間佐昭 松尾俊一 寒竹剛)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例